25時の日記 Part2

    蒲団

    100年前に書かれた小説。良識と葛藤する男のうちに秘める変態気質が見事に描かれている。

    妻子持ちの作家が若い女性を内弟子として住まわせる。立場上手を出せず悶々とするうちに弟子に恋人ができてしまう。仲を引き裂こうと田舎から女の父を呼び、実家に帰らせるよう仕向ける。勢いで男と結ばれるのを阻止した。それ以外に方法はなかった……。というのが大雑把な概要。
    ラストの女の残り香を嗅ぐ場面に女々しさと変態性が集約されているので、通して読むのが面倒な人はラストシーンだけでも読んでみて。

    時雄は雪の深い十五里の山道と雪に埋れた山中の田舎町とを思い遣やった。別れた後そのままにして置いた二階に上った。懐かしさ、恋しさの余り、微かすかに残ったその人の面影おもかげを偲しのぼうと思ったのである。武蔵野むさしのの寒い風の盛さかんに吹く日で、裏の古樹には潮の鳴るような音が凄すさまじく聞えた。別れた日のように東の窓の雨戸を一枚明けると、光線は流るるように射し込んだ。机、本箱、罎びん、紅皿べにざら、依然として元のままで、恋しい人はいつもの様に学校に行っているのではないかと思われる。時雄は机の抽斗ひきだしを明けてみた。古い油の染みたリボンがその中に捨ててあった。時雄はそれを取って匂においを嗅かいだ。暫しばらくして立上って襖を明けてみた。大きな柳行李が三箇細引で送るばかりに絡からげてあって、その向うに、芳子が常に用いていた蒲団ふとん――萌黄唐草もえぎからくさの敷蒲団と、線の厚く入った同じ模様の夜着とが重ねられてあった。時雄はそれを引出した。女のなつかしい油の匂いと汗のにおいとが言いも知らず時雄の胸をときめかした。夜着の襟えりの天鵞絨びろうどの際立きわだって汚れているのに顔を押附けて、心のゆくばかりなつかしい女の匂いを嗅かいだ。
     性慾と悲哀と絶望とが忽たちまち時雄の胸を襲った。時雄はその蒲団を敷き、夜着をかけ、冷めたい汚れた天鵞絨の襟に顔を埋めて泣いた。
     薄暗い一室、戸外には風が吹暴ふきあれていた。
    (引用)
    1. 2016/05/02(月) |
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